現場のプロが語る!工業用ディスペンサー導入時によくある失敗と回避策

「最新のディスペンサーを導入したのに、なぜか塗布精度が安定しない…」
「良かれと思って導入した設備が、現場の作業性を下げてしまった…」

製造現場において、接着剤やシール剤、グリスなどを精密に塗布する工業用ディスペンサーは、製品の品質と生産性を左右する重要な設備です。 しかし、その導入プロセスには多くの落とし穴が潜んでおり、慎重に進めなければ大きな失敗につながりかねません。

こんにちは。私は生産技術エンジニアとして15年間、国内外500以上の工場で液剤塗布プロセスの改善に携わってきました。その経験から断言できるのは、ディスペンサー導入の成否は、機種の性能だけで決まるのではないということです。

この記事では、私が現場で目の当たりにしてきた数々の失敗事例を基に、導入担当者が陥りがちな落とし穴と、それを乗り越えるための具体的な回避策を徹底解説します。最後まで読めば、あなたは自社にとって最適なディスペンサーを選び抜き、導入後の安定稼働を実現するための確かな知識を手にすることができるでしょう。

なぜ工業用ディスペンサーの導入は失敗しやすいのか?

工業用ディスペンサーの導入は、単なる「装置の購入」ではありません。液体材料という非常にデリケートなものを、ミクロン単位の精度で制御する「プロセス」を構築する作業です。 にもかかわらず、多くの現場で失敗が繰り返されるのはなぜでしょうか。その背景には、担当者が抱きがちな3つの「思い込み」が存在します。

失敗の背景にある3つの「思い込み」

「どのディスペンサーも大差ない」という思い込み

一見すると同じように見えるディスペンサーでも、その吐出方式や制御方法には多種多様な種類があります。 例えば、低粘度の液体に適した「エア式」と、高粘度のペーストを力強く押し出す「スクリュー式」では、その原理も得意な用途も全く異なります。 使用する液剤の粘度、フィラー(粒子)の有無、求められる塗布精度といった条件を無視して、「価格が安いから」「カタログスペックが良いから」といった安易な理由で選定することが、失敗の第一歩となります。

「液体を出すだけ」という単純作業との誤解

「シリンジに入れた液体を、設定量通りに押し出すだけだろう」と考えるのは非常に危険です。液剤の粘度は、工場の室温や湿度といった環境変化によって常に変動します。 また、シリンジ内の液剤残量によっても吐出圧力は微妙に変化するため、同じ設定でも塗布結果がばらつくことは日常茶飯事です。 このような液剤の「機嫌」を理解せず、機械任せにしてしまうことが、原因不明の品質不良を招くのです。

「導入すれば自動で問題解決」という過度な期待

ディスペンサーは、生産ラインを構成する一要素に過ぎません。前後工程の設備や、塗布対象物(ワーク)を搬送するロボットとの連携が不可欠です。 例えば、ディスペンサーの制御とロボットの動作がうまく同期していなければ、正確な位置に塗布することはできません。 「導入さえすれば、あとはボタンを押すだけ」という期待は禁物。周辺設備との連携や、作業者のトレーニング、そして継続的なメンテナンス計画まで含めて導入を設計する必要があります。

【事例で学ぶ】工業用ディスペンサー導入でよくある7つの失敗

理論だけではイメージしにくいかもしれません。ここでは、私が実際に現場で遭遇した、具体的な失敗事例を7つご紹介します。自社の状況と照らし合わせながら、同じ轍を踏まないための教訓を学び取ってください。

失敗例1:液剤の特性を無視した選定ミス

ある電子部品メーカーでは、新開発した高粘度の接着剤(フィラー入り)を塗布するため、汎用的なエア式ディスペンサーを導入しました。結果、フィラーがノズル内部で詰まり、頻繁に生産がストップ。最終的に、フィラー入り高粘度液剤に適したスクリュー式のディスペンサーに入れ替えることになり、二重の投資が発生してしまいました。

失敗例2:要求精度を満たせない性能不足

自動車部品の微細なシール工程で、「±5%以内」という塗布精度が求められていました。しかし、導入したのは圧力と時間で制御する簡易的なディスペンサー。液剤の粘度変化の影響を大きく受け、精度が±10%以上もばらつき、不良品の山を築く結果となりました。高精度な容積計量式の機種を選定すべきでした。

失敗例3:現場の作業性を考慮しない設計

卓上ロボットに搭載するディスペンサーを導入したものの、液剤を補充するシリンジの交換が非常にしにくい設計でした。シリンジ交換のたびにロボットのアームを大きく動かす必要があり、段取り替えに30分以上も要していました。結果、生産性が大幅に低下し、現場の作業者から不満が続出する事態となりました。

失敗例4:メンテナンス性が悪く稼働率が低下

食品工場で、分解洗浄が複雑なディスペンサーを導入してしまったケースです。毎日の洗浄作業に1時間以上かかり、さらに部品点数が多く紛失や破損が多発。衛生管理レベルを維持するためのメンテナンスが、かえって生産ラインの稼働率を圧迫するという本末転倒の結果を招きました。

失敗例5:周辺設備との連携トラブル

既存の生産ラインにディスペンサーを追加導入した際、PLC(生産ラインを統括するコントローラー)との通信規格が合わず、信号のやり取りがうまくいかないトラブルが発生。ディスペンサーメーカーとPLCメーカーの協力が得られず、調整に数週間を要し、生産計画に大きな遅れが生じました。

失敗例6:サポート体制の不備による問題長期化

海外製の安価なディスペンサーを商社経由で導入したものの、トラブル発生時に国内で対応できる技術者がいませんでした。メールでの問い合わせにも数日かかり、交換部品の納期は数週間。些細な不具合が原因で、長期間ラインを止めざるを得ない状況に陥りました。

失敗例7:オーバースペックによる無駄なコスト投資

ある研究開発部門で、将来的な拡張性を見越して最高スペックの非接触ジェットディスペンサーを導入しました。 しかし、実際の用途は単純な充填作業がほとんど。高機能な性能を持て余し、数百万円の投資対効果が得られないまま、高価な消耗品費だけがかさむ結果となりました。

失敗を回避する!ディスペンサー導入成功への5ステップ

では、どうすればこれらの失敗を未然に防ぎ、ディスペンサー導入を成功に導けるのでしょうか。重要なのは、場当たり的に機種を選ぶのではなく、以下の5つのステップを順序立てて、丁寧に進めることです。

ステップ1:【要件定義】目的と課題を徹底的に明確化する

導入成功の9割は、この要件定義で決まると言っても過言ではありません。「何を、どこに、どれくらい、どのくらいの精度で」塗布したいのかを、曖昧な言葉ではなく、具体的な数値で定義することが不可欠です。

塗布要件の洗い出しチェックリスト

以下の項目を関係部署(設計、品質管理、製造現場)と協力して埋めていきましょう。このリストが、後の機種選定やメーカーとの打ち合わせにおける強力な羅針盤となります。

項目確認内容具体例
①液剤情報液剤名、メーカー、粘度、比重、フィラーの有無・種類・サイズ、1液性or2液性、硬化条件(UV、熱など)A社製エポキシ接着剤、粘度:50,000 mPa·s、アルミナフィラー含有、2液性、熱硬化
②塗布精度許容される塗布量のばらつき(%)、塗布位置のずれ(mm)塗布量精度:±3%以内、位置精度:±0.1mm
③塗布量・速度1ショットあたりの塗布量(mg, ml)、タクトタイム(秒/個)塗布量:5mg/shot、タクトタイム:2秒/個
④塗布対象物ワークの材質、形状(平面、凹凸、溝など)、塗布箇所のサイズ材質:ポリカーボネート、形状:φ1mmの溝内へ線状塗布
⑤生産ライン設置スペース、既存設備との連携(I/O、通信)、電源・エア供給卓上ロボットへ搭載、I/O信号でロボットと連動
⑥環境設置場所の温度・湿度管理の有無温度:25±2℃、湿度:50±5%RH
⑦その他メンテナンス頻度、予算、サポート体制への要望毎日の分解洗浄が必要、国内にサポート拠点があること

ステップ2:【情報収集と比較検討】メーカー・機種の選定

要件定義が固まったら、次はその要件を満たすことができるディスペンサーの方式とメーカーを選定します。

ディスペンサーの主要な種類と特徴

ディスペンサーは、その吐出原理によって大きく分類されます。液剤の特性や用途に合わせて最適な方式を選ぶことが重要です。

方式概要メリットデメリット適した用途
エア式エアの圧力と時間で液剤を押し出す構造がシンプルで安価粘度変化の影響を受けやすく、高精度な塗布は苦手手作業の補助、高精度を求めない塗布
容積計量式プランジャーやギアで一定量を機械的に計量し押し出す粘度変化の影響を受けにくく、高精度で安定した吐出が可能構造が複雑で高価、摩耗する部品がある精密電子部品、医療機器など高い品質が求められる塗布
スクリュー式スクリューの回転で高粘度液剤を安定して送り出す高粘度、フィラー入り液剤に強い低粘度液剤には不向き、構造が複雑LEDの封止、放熱グリスの塗布
ジェット式液剤を非接触で高速に射出(吐出)する非常に高速で、凹凸のあるワークにも塗布可能高価、対応できる液剤粘度に制限があるスマートフォン部品、半導体パッケージのアンダーフィル
チューブ式チューブをしごくことで液剤を送り出す液剤が金属に触れない、瞬間接着剤などに最適チューブの摩耗・交換が必要瞬間接着剤、嫌気性接着剤の塗布

メーカー・代理店の選び方3つのポイント

機種の目星がついたら、次はパートナーとなるメーカーや代理店を選びます。装置の性能だけでなく、以下の3つの視点で総合的に判断しましょう。

  1. 実績と専門性: 自社が使いたい液剤や、類似した業界・用途での導入実績が豊富かを確認します。専門性の高いメーカーは、液剤の特性を熟知しており、的確なアドバイスが期待できます。
  2. テスト環境の有無: 購入前に、自社が使用する実際の液剤とワークを使って塗布テストができるかは非常に重要です。多くのメーカーはテストルームを完備しています。
  3. サポート体制: トラブル時の対応スピード、消耗品の供給体制、国内のサービス拠点の有無などを確認します。導入後の安定稼働を支える生命線となります。

ステップ3:【実機テスト】必ず塗布テストを実施する

カタログスペックだけでは、本当の性能は分かりません。候補となるメーカーに依頼し、必ず実機での塗布テストを実施しましょう。できれば担当者自身が立ち会い、自分の目で性能を確認することが重要です。

テストで確認すべき重要ポイント

テストの際は、ただ「きれいに塗布できた」で終わらせてはいけません。以下のポイントを定量的に評価し、記録に残しましょう。

  • 精度と安定性: 連続で30回以上吐出させ、1回ごとの塗布重量を精密秤で測定し、ばらつき(標準偏差)を確認する。
  • タクトタイム: 要求される生産スピードで、精度を維持したまま連続塗布が可能かを確認する。
  • 液切れ性: 塗布後に液だれや糸引きが発生しないか、様々な条件で確認する。
  • 操作性とメンテナンス性: 液剤の交換やノズルの洗浄など、日常的な作業が簡単に行えるか、実際に作業を試してみる。

ステップ4:【導入と立ち上げ】現場への落とし込み

最適な機種を選定し契約が完了しても、まだ安心はできません。設備を現場に設置し、スムーズに生産を立ち上げるための準備が必要です。

設置環境の整備と作業者へのトレーニング

ディスペンサーは温度や湿度の変化に敏感です。 可能な限り空調が管理された場所に設置し、振動の多いプレス機などの近くは避けましょう。また、コンプレッサーからのエアに水分や油分が混入すると、ディスペンサーの動作不良の原因となります。 エアフィルターやドライヤーの設置も重要です。

そして、最も重要なのが作業者へのトレーニングです。メーカーの技術者に依頼し、正しい操作方法、日常点検の手順、簡単なトラブルシューティングについて、実際に機械を操作しながら研修を実施してもらいましょう。マニュアルを作成し、誰でも同じレベルで作業ができる体制を整えることが、品質の安定化に繋がります。

ステップ5:【運用と改善】継続的なデータ収集と最適化

ディスペンサーの導入はゴールではなく、安定した品質を生み出すためのスタートです。日々の生産データを記録・分析し、継続的にプロセスを改善していく意識が求められます。

日常点検と定期メンテナンスの重要性

「昨日まで問題なかったのに、急に調子が悪くなった」という事態を防ぐため、始業前点検を習慣化しましょう。 ノズルの詰まりや摩耗、チューブの劣化、圧力の異常などをチェックリスト化し、毎日確認することで、トラブルの予兆を早期に発見できます。 また、メーカーが推奨する定期メンテナンス(例:シール部品の交換など)を計画的に実施することが、設備の寿命を延ばし、長期的な安定稼働に繋がります。

プロが教える!導入後のトラブルシューティングと予防策

どんなに万全の準備をしても、予期せぬトラブルは発生するものです。しかし、原因と対策のパターンを知っていれば、迅速に対応し被害を最小限に食い止めることができます。

よくある塗布不良と原因・対策

現場で頻繁に遭遇する塗布不良について、その主な原因と対策を表にまとめました。トラブル発生時には、この表を参考に冷静に対処してください。

トラブル症状主な原因対策例
液だれ・糸引き・吐出後のサックバック(吸い戻し)量が不適切
・液剤の粘度が低い、または温度が高い
・ノズルの先端径が大きすぎる
・サックバック量や速度を調整する
・液剤を冷却する、より高粘度の液剤に変更する
・より先端径の小さいノズルに交換する
塗布量のばらつき・供給エア圧力が不安定
・液剤の粘度が変化している(温度、ロット差)
・シリンジ内の液剤残量が少ない
・ノズルやチューブに詰まりや摩耗がある
・レギュレーターで圧力を安定させる
・液剤の温度管理を徹底する、複数ロットで事前テストする
・一定の残量でシリンジを交換するルールを作る
・消耗品を定期的に交換する
気泡の混入・シリンジへの液剤充填時に空気を巻き込んだ
・液剤自体が空気を吸いやすい性質を持つ
・配管の接続部からエアが漏れている
・脱泡機能付きの攪拌機(自転・公転ミキサー)で充填前に脱泡する
・シリンジを立てて保管し、気泡が抜けるのを待つ
・配管の締め付けを確認する
塗布位置のずれ・ロボットとの動作タイミングが合っていない
・ワークの固定が不十分
・ノズルの先端が摩耗・変形している
・ディレイタイム(吐出開始・終了の遅延時間)を調整する
・治具を見直し、ワークを確実に固定する
・ノズルを新品に交換する

トラブルを未然に防ぐための予防メンテナンス

トラブル対応に追われる「後追い」の管理から脱却し、トラブルを未然に防ぐ「予防」の管理体制を築くことが重要です。

日常点検チェックリストの活用

ステップ5で触れた始業前点検を、具体的なチェックリストに落とし込みましょう。「圧力計の指示値は正常か」「ノズル先端にカケや汚れはないか」「異音や異常な振動はないか」といった項目を設け、作業者が毎日チェックし記録を残すことで、設備のわずかな変化に気づくことができます。

消耗品の管理と計画的交換

ノズル、ニードル、シリンジ、チューブ、シール材などはすべて消耗品です。 これらの部品は、見た目に問題がなくても徐々に劣化・摩耗し、ある日突然、塗布不良の原因となります。 メーカー推奨の交換サイクルや、過去のトラブル履歴に基づき、「〇時間稼働したら交換する」といった計画的な交換ルールを定め、予備品を常に在庫しておくことが安定生産の鍵となります。

まとめ:最適なディスペンサー導入は「信頼できるパートナー探し」から

工業用ディスペンサーの導入は、単に機械を選ぶ作業ではありません。自社の製品品質を左右する「塗布プロセス」そのものを設計し、構築していくプロジェクトです。

今回ご紹介した失敗事例と成功への5ステップを参考に、まずは「何のために、何を、どうしたいのか」という要件定義を徹底的に行うことから始めてください。そして、その要件を実現するための技術力とサポート力を持った、信頼できるメーカーや代理店をパートナーとして選ぶこと。

最適なディスペンサーは、生産性を向上させ、貴社の製品競争力を高める強力な武器となります。この記事が、その成功に向けた確かな一歩となることを心から願っています。

最終更新日 2025年12月4日 by hlodgi

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