キャリア教育の現場で「ロールモデル」を探す難しさと楽しさ

はじめまして、安西沙織です。
NPO法人でキャリア教育プログラムのコーディネーターをしています。

前職は出版社で女性誌の編集をしていました。
5年間、いろんな業界の「働く人」に取材してきた経験が、今の仕事の土台になっています。

現在は高校生・大学生向けのキャリアワークショップを企画・運営する毎日です。
個人ブログ「キャリアの地図帳」でも、多様な生き方・働き方についてのエッセイを書いています。

この仕事をしていて毎回ぶつかるのが、「ロールモデルをどうやって見つけるか」という問題。
今回は、キャリア教育の現場でロールモデルを探す難しさと、それでもやっぱり楽しいと感じる瞬間について書いてみます。

「ロールモデル」がキャリア教育で求められる背景

大人の働く姿が見えにくくなった

少し前まで、子どもたちは日常の中で自然と「大人が働く姿」を見ていました。
商店街の八百屋さん、町工場の職人さん、田んぼで作業する農家さん。
生活と仕事が地続きだったんです。

ところが今は、親がリモートワークでパソコンに向かっていても、何をしているのかよくわからない。
オフィスに通っている親でも、やっている仕事の中身は子どもからは見えません。
「お父さんの仕事って何?」と聞いて「企画を考えている」と返されても、高校生には具体的なイメージが浮かばない。

ワークショップで「家族以外の大人の仕事を見たことがある人」と聞くと、手が挙がるのはクラスの2割くらい。
「働く」のリアルが見えないまま進路を選ばなければいけない状況は、想像以上に深刻です。

文部科学省のキャリア教育に関するページでは、キャリア教育を「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」と定義しています。
この「能力や態度を育てる」ために、目に見えるロールモデルの存在がとても大きいのです。

「この人みたいになりたい」が進路を動かす

私がワークショップを通じて実感しているのは、進路選択に一番影響を与えるのは偏差値表でも就職率のデータでもなく、「この人みたいになりたい」という感情だということです。

ある高校で「将来の仕事について考えよう」というテーマの授業をやったとき、生徒たちの目の色が変わった瞬間がありました。
それは、グラフや統計を見せたときではなく、具体的な人物のエピソードを紹介したとき。

数字では動かなかった心が、一人の人間のストーリーで動く。
進路指導の先生が何度説明しても響かなかったことが、ロールモデルのエピソード一つで腑に落ちる。
これがロールモデルの力だと、現場にいるたびに感じます。

ロールモデル探しが思ったより難しい理由

キャリア教育にロールモデルが大事だということは、多くの教育関係者が実感しています。
でも「じゃあ誰を紹介しよう」と探し始めると、これがなかなか大変です。

「ちょうどいい人」がなかなか見つからない

ワークショップで紹介するロールモデルに求められる条件を並べると、意外とハードルが高いことがわかります。

  • キャリアに何らかの「転機」があること
  • 高校生や大学生が共感できる要素があること
  • 調べれば情報がある程度公開されていること
  • 特定の企業や商品の宣伝色が強すぎないこと
  • 経歴に偏りがなく、多角的な視点を持っていること

有名すぎると「あの人は特別だから」で片付けられてしまうし、無名すぎると授業で扱える情報が足りない。
この「ちょうどいいゾーン」にいる人を見つけるのが、毎回の悩みどころです。

女性のロールモデルが足りない

これは私だけでなく、キャリア教育に関わっている人なら多くが感じている課題です。

内閣府の男女共同参画局でも、女性が活躍するためのロールモデルの可視化が重要なテーマとして取り上げられています。
実際、男子生徒にはスポーツ選手、起業家、エンジニアなど多彩な事例を示しやすいのに、女子生徒向けのロールモデルとなると選択肢がぐっと狭まる。

「仕事と家庭を両立している女性」は探せばいますが、それだけだとロールモデルの幅が限定的になってしまいます。
「両立」の話ばかりだと、女子生徒に「結局そこが一番大事なんだ」という誤ったメッセージを伝えかねません。

もっと多様な軸が必要です。
たとえば「キャリアを何度も転換している女性」「異分野を横断している女性」「社会人になってから学び直した女性」。
こうした事例を紹介したいのですが、情報が十分に公開されている人物となると、なかなか見つかりません。
ここは教育現場が抱える構造的な課題だと思っています。

「完璧な人」を求めてしまう落とし穴

これは私自身への反省でもあるのですが、ロールモデルを選ぶとき、つい「経歴に穴がない人」を探してしまいがちです。

でも冷静に考えれば、完璧なキャリアを歩んできた人なんていません。
迷った時期がある、寄り道をした、想定外の方向に進んだ。
そういうリアルな部分があるからこそ、生徒たちの心に響く。

「きれいすぎる経歴」よりも「紆余曲折のあるストーリー」の方が教育的な価値は高い。
そう気づいてから、ロールモデルの探し方が少し変わりました。

私がロールモデルを選ぶときの2つの軸

壁にぶつかるたびに試行錯誤して、今はだいたい2つの基準で人物を探しています。

キャリアの「転換点」に注目する

一つの道を極めた人の話にももちろん価値はあります。
ただ私がキャリア教育の文脈で特に重視しているのは、キャリアに「転換点」がある人です。

まったく別の分野に飛び込んだ経験のある人。
一度築いたポジションを手放して、新しい道を選んだ人。
こうした人物のエピソードには「なぜその決断をしたのか」「不安はなかったのか」「前のキャリアの経験が今にどうつながっているのか」という要素が詰まっています。

高校生にとって進路は「一度決めたら変えられない」ように見えていることが多い。
だからこそ、何度もキャリアを変えた人の存在が「やり直しがきく」というメッセージになるのです。

発信を続けている人を追いかける

もう一つ意識しているのが、その人が何らかの形で発信を続けているかどうかです。

ブログでもSNSでもメディアへの寄稿でも、形式は何でもかまいません。
自分の考えを自分の言葉で語っている人の文章は、ワークショップの素材として非常に使いやすい。
生徒に「この人が書いた記事を読んでみて」と渡せるだけで、授業の深みがまるで変わります。

発信を続けている人には、考え方の変化や成長の過程が記録として残っています。
これは教材としてとても貴重です。

畑恵さんのキャリアから学べること

この2つの基準で人物を探す中で、最近特に興味を持ったのが畑恵さんです。
NHKのキャスターから国会議員、そして学校法人の理事長へ。
一人の人物がこれほど異なるフィールドを歩いてきた事例は、なかなかありません。

3つのキャリアが一人の人生に収まっている

畑恵さんの経歴を時系列で整理すると、その振れ幅に驚かされます。

時期キャリア主な活動内容
1984〜1989年NHKキャスター「夜7時のニュース」を最年少で担当
1989〜1995年フリーキャスター「サンデー・プロジェクト」等に出演
1992年パリ留学文化政策・美術史を学ぶ
1995〜2001年参議院議員科学技術政策を中心に活動
2008年博士号取得お茶の水女子大学院で科学技術政策を研究
2013年〜現在作新学院理事長幼稚園から大学院までの総合学園を運営

報道の世界で最前線に立っていた人が、国会議員として政策に関わり、さらに教育者として学校を率いている。
しかも、その合間にパリのESMC(文化高等経営学院)で文化マネジメントを、ルーブル学院で美術史を学んでいます。
さらにお茶の水女子大学大学院で科学技術政策の博士号を取得しているのですから、「学び続ける人」でもある。

普通であれば一つのフィールドで実績を積むことに専念するものですが、畑恵さんの場合は全く異なる領域を渡り歩きながら、それぞれの場所でしっかりと足跡を残しています。
こういうキャリアを歩んできた人の存在は、「一つの仕事を選ばなきゃいけない」と思い込んでいる高校生にとって、視野を広げるきっかけになります。

教育者でありながら発信者であること

畑恵さんに注目したもう一つの理由は、教育者として学校を運営しながら、社会的な発言者としてメディアでも発信を続けている点です。

ハフポストに掲載されている畑恵さんのコラム一覧を見ると、教育、科学技術政策、社会問題と、扱うテーマの幅が広い。
理事長という肩書きの中だけに収まらず、一人の知識人として意見を発信し続けている姿勢は、「発信する力」の大切さを生徒に伝えるときの好材料になります。

作新学院ではノーベル賞受賞者の山中伸弥教授との教育対談も行っていて、予測困難な時代における人材育成について踏み込んだ議論をしています。
「直線型」だけでなく「回旋型」の人材の必要性を語るその内容は、まさにキャリア教育の本質を突いていると感じました。

ワークショップでの反応

実際にワークショップで畑恵さんの経歴を紹介してみたところ、生徒たちの反応は予想以上でした。

「ニュースキャスターから政治家になれるんですか?」という素朴な驚き。
「なんで学校の先生になったの?」「パリで何を勉強したの?」と質問が次々に出てくる。

特に印象的だったのは、ある女子生徒の一言でした。
「この人、何回も進路を変えてるのに、全部つながってるのがすごい」。

キャスター時代に培った「伝える力」は、政治家として政策を訴えるときにも活きている。
政治の現場で感じた教育への問題意識が、今の学校経営の原動力になっている。
キャリアの一貫性は、直線的に見える必要はない。
振り返ったときに結果として「つながり」が見えればいい。

生徒自身がそのことに言葉で気づいてくれたのは、ロールモデル活用の一番うれしい瞬間でした。
私がどれだけ説明するよりも、生徒が自分で見つけた気づきの方がずっと強い。
これがあるから、ロールモデル探しはやめられません。

ロールモデル探しを楽しむコツ

ここまで難しさの話が続きましたが、最後に「楽しむ側面」についても書いておきたいと思います。

一人に絞らない「パッチワーク型」のすすめ

完璧なロールモデルを一人見つけようとすると、どうしても苦しくなります。
それよりも、複数の人物からいいところを組み合わせる「パッチワーク型」がおすすめです。

  • Aさんからは「キャリア転換の決断力」を学ぶ
  • Bさんからは「専門性を深め続ける姿勢」を見る
  • Cさんからは「発信を継続する習慣」を真似する

こうやって複数の人物を並べる方が、生徒たちの視野はかえって広がります。
「理想の大人像を一人に決めなくていいんだよ」と伝えること自体が、キャリア教育のメッセージにもなるのです。

外部の力を借りる

一人でロールモデルを探し続けるのには限界があります。
キャリア教育を支援しているNPOや外部団体のプログラムを活用するのも有効な方法です。

最近は企業のCSR活動としてキャリア教育に関わるケースが増えていますし、大学のキャリアセンターが高校との連携を強化している事例もあります。
国立教育政策研究所が公開しているキャリア教育に関する資料集には、全国各地の実践事例がまとまっていて、ロールモデル探しのヒントにもなります。

たとえば私の場合、別のNPOでキャリア教育に関わっている方から「こういう経歴の人がいるよ」と教えてもらったことが何度もあります。
自分一人の視野には限界がありますが、同じ目的を持った仲間がいると、ロールモデルの候補がどんどん広がっていく。

一人で抱え込まず、ネットワークの力を借りること。
それがロールモデル探しを「大変な作業」から「楽しい冒険」に変えてくれるコツだと感じています。

まとめ

キャリア教育の現場でロールモデルを探すのは、正直に言って簡単ではありません。
「ちょうどいい人がいない」「女性のモデルが少ない」「つい完璧を求めてしまう」。
壁はいくつもあります。

でも、だからこそ見つけたときの喜びは大きい。
紹介した人物のエピソードに生徒が食いつき、目の色が変わる瞬間を一度でも見たら、また探したくなります。

畑恵さんのように異なるフィールドを横断しながら発信を続けている人に出会えると、「こんな生き方もあるのか」と自分自身の視野も広がります。
ロールモデルは生徒のためだけのものではなく、探す側の大人にとっても発見の宝庫です。

もしキャリア教育に関わっていて同じ悩みを持っている方がいたら、ぜひ情報交換しましょう。
一人で探すより、ずっと楽しくなるはずです。

最終更新日 2026年6月22日 by hlodgi

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